当サロンに来られる方々のお悩みは多種多彩であります。どんなお悩みがあるのか一部を例としてここにあげております。ご参考になさってください。
皆様おひとりおひとりの素晴らしい才能がますます輝きますように。
それでは潜在意識には何がつまっているのでしょうか?
〇トラウマや苦手意識:気づかないうちに自分の行動を制限し本来はもっと有意義なことにあてられるはずの未来が遠ざかっている場合がある。
〇人間のあらゆる言動や思考は「意識の領域」が10%、「無意識の領域」が90%で構成されているといわれており、あらゆる日常の行動は潜在意識が支配しているといわれている。
〇ゆえに潜在意識を変えることができれば望む未来が手に入る。
〇人間が持つ能力や可能性は、まだまだ気付いていない無意識の領域に存在する。
〇個人でのご利用は
・幸せ感覚を増やしたい
・自信を深めたい
・仕事の効率をあげたい
・自尊心を高くもちたい
・よりよい睡眠をしたい
・感情とうまくつきあいたい(さみしさ、怒り、悲しみ、緊張など)
ダイエット、禁煙、禁酒
依存症にはそれぞれ無意識に存在する行動のルーティンがあります。
そのルーティンが発生するサインを見直すことで新たなルーティンを生み出すことが催眠療法にはあります。
そのサインは人それぞれで、無意識を探ることで気づきを促します。
ダイエットには無意識の領域が深く関係しています。甘いものがやめられない。炭水化物がやめられない。運動も長続きしない。それは無意識の領域がそうさせているからです。ちまたで流行する一つの食材を摂取することでダイエットするものは、からだ全体の栄養学からみて理にかなっていません。腸カウンセリングの栄養学からもアドバイスをさせていただきながら 内側(潜在意識)と外側(からだ)からアプローチします。
罪悪感
かなりの確率でこの悩みがすべての根源になっている方がおられます。
・無力感
・思考の低下
・読書困難
・人への恐怖 不信感
・原因不明のさまざまな症状
・必要以上のペットとの別れの悲しみ
・人との別れへの恐怖
・睡眠障害
幼児期の両親の離婚、無秩序な育児方法、ささいな言葉で傷ついた過去。
それらを催眠療法でみつけることによって 自らを癒していきます。
過去のつらい体験を乗り越えてきた素晴らしい能力を今の自分統合することによってよりよい未来を手に入れることができるのです。
過剰同調性
・空気を読みすぎて疲れ果てる
・気を使いすぎる
・周囲に自分を合わせすぎる
・「よい子」の生活で慢性疲労症候群
・繊維筋痛症
・自尊心の低下と恥の意識
こちらも解離の当事者であります。
状況に合わせて適応することで身を守ってきたので、助けを求めるより、波風を立てず、ただ自分一人が犠牲になることを選びがちです。
身を守るために、無意識のうちに相手の願望を先回りして、相手の望むことを話し、相手の望むように振る舞うことに慣れています。
そして 悩みを悩みととらえておらず、解離した原因を意識することがありません。
しかしながら、その原因を無意識は知っているので自分でも認められない事実を他人が認めてくれるはずがないとなかなか他人に悩みを打ちけることができません。それが生きていくための生存戦略だからです。
その原因の一部は幼少期にある場合があります。それは予測がつかずころころと態度を変える無秩序な親のもとで育った場合です。あるときは冷酷で血も涙もないのに、あるときはユーモアや愛情があるかのように振る舞う支離滅裂な親のもとで育つと、子どもは複数の相異なる状況に対応するため、複数の人格モードを生み出すことで適応します。
それらに気付いている方もいれば、記憶の共有がなされていない方もいらっしゃいます。
しかし、原因がわかることによって潜在意識を書き換えることが可能になり、よりよい人生を歩くことができます。
ADHD
過去何千年もの人類の歴史において単なる遺伝的特性にすぎなかったものを生きづらい「障害」にまでならせてしまった、その環境要因とは何なのか。
ADHD症状を悪化させる環境要因はいろいろ知られていますが、学校教育の普及が一役買っていたのは間違いないでしょう。
ADHD傾向をもった やんちゃな子どもは昔からいましたが、義務教育のない時代には、問題になりませんでした。
しかし、好奇心旺盛な子どもたちを、教室の中で、集団で座らせたまま教育するという制度が浸透してしまったがために、その環境に不適応を起こした子どもたちが、ADHDと診断され、集中力を上げるためにリタリンなどの中枢神経刺激薬を投与されるようになりました。
学校教育の義務化と、それに適応できない子どもを持つ親や教育関係者の悩み、そして医師や製薬会社の利潤、それぞれのニーズが一致した時点ではじめて、ADHDという疾患概念がつくり出されたことを、歴史は物語っています。
ADHDの子どもたちの場合、前頭前野の実行機能の働きが弱く、自己抑制が苦手だと言われています。特に、現代社会の過剰な刺激のもとでは、容易にオーバーワークに陥り、処理能力を超えてしまいます。
そのようなとき、治療薬であるリタリン(あるいは同成分の徐放剤コンサータ)は、中枢神経を刺激して前頭前野の機能を強めることで、抑制能力を高めます。
一方、興味深いことに、あなたの子どもには自然が足りないによると、ADHDの当事者やその親は、自然の中にいると、リタリンを飲んでいないにもかかわらず、リタリンと同じ効果が再現されることがわかりました。
自然の中にいると、リタリンなしでリタリンのような効果が得られるというこうした体験談は、注意回復理論から理由を説明できます。
人類という動物にとって新奇な環境である都会では、さまざまな指向的集中(意識的な注意)が必要とされます。
わたしたちの動物的な本能は、あちこちで自動車が走っている交通道路を往来したり、何時間も会社で座って作業したりするようにはプログラムされていません。
都会ではさまざまな人工的刺激のゆえに、意識的な注意力や判断力をフル活動させねばならず、指向的集中をつかさどっている前頭前野が過剰労働状態にあります。
もともと前頭前野の働きが弱い子は前頭前野がオーバーワークになってしまうので、抑制が利かなくなり、不注意や多動など、自制心が欠けた振る舞いをしてしまうようになり、こうしてADHDと診断されます。
マインドフルネスは、意識して考えることをやめ、ただ「今ここ」のあるがままの状態を感じることで注意力を研ぎ澄ました状態であり、前頭前野の負担を減らし、指向的集中から感応的集中へ切り替えることを意味しています。
自然の中にいくと脳は自動的にこのマインドフルネスに近い状態に切り替わり、前頭前野のオーバーワークが解消されるので、穏やかに集中できるようになります。
リタリンによる薬物療法と、自然の中でのマインドフルネスは、どちらも前頭前野の機能を回復させるという点では同じ働きをしています。だから効果は似ています。そしてどちらが自然で体に負担がすくなくて良いかは
説明不要なのは言うまでもありません。
催眠療法ではこのマインドフルネスの脳の状態をつくることで自然な注意力回復を目指しております。
さらに腸セラピストの見地から腸内細菌の働きをよくする料理レシピもご紹介しながら長期的にサポートしてまいります。
HSP・HSCと自閉スペクトラム症
どちらも感覚が過敏だと言われていますが、両者には異なる特徴がいくつかあります。
HSPの人が感受性豊かなのは、だれかとコミュニケーションしたり、ニュースを読んだり聞いたりするときの身体的な変化(心臓がドキドキしたり、内蔵がしめつけられたり、そわそわしたりすることなど)をしっかり把握しているからだと思われます。
「断腸の思い」「心の琴線に触れる」「虫の知らせ」「虫の居所が悪い」などの慣用句は、感情とは内受容や内臓感覚から生まれるものであることを物語っています。
一方、他の人の気持ちを読み取りにくい自閉スペクトラム症は、体性感覚皮質の活動が弱いからだとみなせます。
しかしながら、近年両者の間で重なる症状がでる場合があることがわかってきました。
似ている精神状態とは?
HSPが慢性的なストレスにさらされているときに解離が起きたとき
自閉スペクトラム症と同じ精神状態に陥ることがあります。
そうなると、自分がどっちであるかわからず、二次的に不安障害がおこったりするといった状況になります。
どちらの特性があるにせよ。的確に今の状況を把握することは生活の品質をあげるために必要だと考えます。
では、どうやってそれを見分けるのか 当サロンでも簡単なテストを行っております。
一部はご自宅でもできるのでご自分でも試してみてはいかがでしょうか?
あなたは、脈をとったり、計器で測定したりせずに、自分の心拍を正確に数えることができますか。
もしそれができるなら、島皮質の働きが活発で、共感力も豊かな人だ、HSPということをこの実験は示しています。
ただし、このシンプルな実験で、だれがHSPで、だれが自閉スペクトグラムだと断定できるわけではありません。
島皮質の活動は、状況によって変化します。
運動直後の人や、PTSDなど過緊張状態にある人は、島皮質が過剰に活性化して、心臓の鼓動を感じ取りやすくなっているかもしれません。
あるいは、トラウマ経験などのせいで麻痺してしまい、解離や離人症を起こしている人の場合は、島皮質の活動が低下しているので、心拍をうまく感知できないかもしれません。
解離を起こしやすいHSPの人は、リラックスしている場面ではとても自分の身体の内部に敏感なのに、解離を起こしてしまう場面ではとたんに読み取れなくなって麻痺してしまうかもしれません。
当サロンでは、催眠療法を使いこの島皮質の活性化や低下の状況のバランスを整えることに役立てること目的としております。
トラウマは脳だけでなく身体全体から作られる
アイオワ大学メディカル・センター神経学部のアントニオ・R・ダマシオ博士は、
意識や自己、人格、アイデンティティといった、これまで神秘に包まれていたテーマを、膨大な神経科学の証拠に基づいて考察したことで知られています。
そのおかげで、従来、心理学や精神医学の領域で扱われていたトラウマのような「こころの問題」を、実体のある神経科学的な「からだの問題」として研究することが可能になりました。
それゆえ、身体を癒すことで意識も癒されていくという観点から当サロンではヘッドマッサージを催眠療法の導入部分で行っております。
たとえば、多くの宗教では、心ないしは魂という目に見えない何かが、肉体が死んだ後も残り続けると教えています。
しかし、このダマシオ理論では
死んだ人には何の力もなく、残された遺族を助けたりできません。どれだけ強靭な意思を持つ人でも病気になって死にます。意思の力で肉体の限界を超えるような奇跡は、現実世界では起こりません。
意識や自己、人格、アイデンティティといった「心」の中のものすべては、どれほど無限の可能性を持っているように見えるとしても、すべて肉体という有限のものから生じています。ですから、身体が滅びれば意識はなくなります。
現代の神経科学が明らかにしたのは、心に不具合があるように思われるとき、それは心などという得体の知れない精神体の異常ではなく、さらには脳というひとつの臓器だけの異常でもないということです。
そうではなく、「心の病」とは、意識を作り出している肉体全体が関わる問題だということがわかってきました。
ダマシオの詳細な研究が明らかにしたのは、身体は単なる生命維持装置ではなく、心の基盤を提供しているということでした。
手足を失った人が自我に関わる障害をも抱えるのは、心を生み出すための基盤である肉体が、一部欠けてしまうせいなのです。
また、あるうつ病の研究者が述べているように、心が脳だけでなく肉体すべてから生まれているというこの事実は、これまで「精神疾患」とみなされていたものは、実際には「全身の病気」だということを示唆しています。
解離性同一性障害やグレーゾーンについて
典型的な解離性同一性障害(DID)とは人格が切り替わるごとに記憶や意識のつながりが途切れるので、一人の身体で、複数の人間の人生を送っているような状態を指しますが、
はっきりDIDと診断されるほどではなくても、人格の分裂が生じているグレーゾーンの現象、それは「スイッチング」と呼ばれます。スイッチングの多くは人格間での記憶の一部は引き継がれます。
その方たちは「状況依存的」に、つまり場面によって無意識に人格モードが切り替わってしまい、あたかも別人のような性格や振る舞いを見せます。
とくに幼少期には動物のように振る舞ったり、一人称が変わったりします。
そのような子は、場面ごとに人格モードが勝手に切り替わるので、家でいるとき、友だちや先生と話しているとき、一人でいるとき、それぞれ専用の自分がいて、無意識のうちに別人のように振る舞ってしまいます。
このようなグレーゾーンのDIDのような人格がじつはわたしたちの日常からかけ離れているわけではないことを知ってほしいのです。
人格交代をスイッチングという観点から見た場合、DIDは重度のスイッチングにあたりますが、もっと程度の軽いスイッチングを経験している人たちは、わたしたちの身の回りに大勢いるのです。
トラウマのスイッチングを抱える人は、ふだんは見かけ上ノーマルに見せかけることに成功しているかもしれませんが、膨大なエネルギーが必要なので、容易に疲れ果ててしまい、自己コントロールが効かなくなります。
職場から帰宅したり、休日になったりすると、意志力が途切れ、表面的にノーマルな人格(ANP)を保てなくなり、感情的人格(EP)が無意識のままにフラッシュバックしてしまいます。
そうすると、人前では「まとも」な人なのに、家庭では「異常」な振る舞いをみせてしまうかもしれません。
たとえ普段は「表面的にノーマルな人格」として模範的に振る舞えたとしても、少しでも緊張を途切れさせると、トラウマと紐付けられた「感情的人格」にスイッチングしてしまい、自分をもはやコントロールできなくなります。
会社では尊敬されている立派な人が、家庭ではすぐカッとなって妻子に暴力を振るうDV夫だったり、ふだんは真面目な聖職者が裏では性的虐待に関与していたりするのは、この一例でしょう。
こうした行為をやめられない人の中には、悪意を持ってやっているというより、やめたいと思っているのに理由もわからず行為に及んでしまい、なぜ克服できないのかわからない人もいることでしょう。
自分ではどうしても制御できない依存症や悪癖は、意志の弱さや自己管理能力の不足だと思われがちですが、実際には、幼少期からのトラウマに基づく、人格モードの強制的なスイッチングによる場合があります。
ベトナム戦争の帰還兵のように、本人さえも気づいていない何かしらの刺激がトリガーとなって、過去のトラウマのときの人格がまるごとフラッシュバックしてしまい、理性を欠いた行為に及んでしまうということです。
こうした人たちに必要なのは、制御できない感情的人格、すなわち「コンテナ・キッズ」の中に封じ込められている未解決のトラウマと向き合い、もはや膨大なエネルギーを費やして見かけ上ノーマルに振る舞わなくてもよいように人格を統合することです。
このような状況はささいなきっかけで激怒やパニックが生じ、大暴れするといった、いわゆる「切れる」現象でもあります。
ふだんは冷静で穏やかなのに、ちょっとしたことがはずみに、カッとなって切れてしまい、暴れまわってしまう人がいるかもしれません。
しばらくしてからハッと我に返りますが、時すでに遅しです。もしかしたら取り返しのつかない暴力事件を起こしてしまったかもしれないのに自分がやったとは到底信じられません。
このような瞬間的に人格が変わるスイッチングは、境界性パーソナリティ障害の人にもよくみられます。
境界性パーソナリティ障害は、解離性同一性障害というよりPTSDに近い症状ですが、両者はスペクトラムとしてつながっています。
〇正常な多面性…自分で人格モードを自由に切り替えられる
↓
〇内なる葛藤…相異なる複数の自分がいるような感覚
↓
〇PTSD…制御できないフラッシュバックが勝手に起こる
↓
〇中程度のスイッチング…制御できない人格モードの部分的な切り替わりが起こる。境界性パーソナリティ障害も含まれる
↓
〇DID(解離性同一性障害)…制御できない人格交代に振り回される
人格の複雑な内部分裂を起こすのは、幼少期から慢性的にストレスにさらされてきた人たちだけです。
解離性連続体のスペクトラムで考えるなら、大人になってからトラウマに遭遇した人はPTSDのあたりで止まるのに対し、子どものころから慢性的なトラウマにさらされてきた人たちだけが、その先のスイッチングやDIDへと進みます。
ですから、自分でもコントロールできないスイッチング、そして人格の分裂の原因は、大きくなってから経験した特定のトラウマ体験ではなく、もっと幼少期の体験、おそらくは本人も覚えていないような体験にある、とみるべきでしょう。
催眠療法では これらの原因となる記憶にみずから向き合い未解決のトラウマを開放することで自己コントロールを促します。
それは 難しいことではありません。そして調子がいいときに勇気を出して思い出したくても思い出すことができない時期ももちろんあります。
しかし催眠療法ではありのままの今の自分で保存されたトラウマに圧倒されないようにトレーニングするということが可能です。
自分をよく観察してスイッチングしそうになる前兆に気づくトレーニング。
無性にたばこやアルコール、自傷行為などをやりたくなったときも、いま自分は過覚醒や低覚醒の状態にあり、この不快感をなんとかしたいせいで依存症や中毒に陷っているのだ、ということに気づければ、もっと健全な代替手段を用意できるかもしれません。
人間には2つの記憶システムがあります。
危機的な状況で意識が切り離されると、意識的にはトラウマを記憶していないのに、身体だけがトラウマを体験し記憶しているという記憶の解離が生じます。
頭ではトラウマ経験をすっかり忘れているのに、身体だけがトラウマ経験を覚えている、と考えてください。
たとえ意識の上ではもう危険ではないとわかっていても、身体のほうはトラウマを記憶しているので、トラウマのときの身体的な反応を無自覚のうちに繰り返してしまうようになります。
これは「再演」(再現)と呼ばれ、トラウマの被害者が自分ではやめたいと思いつつも自己破壊的な習慣に陥ってしまったり、コントロールできない感覚に悩まされたりする原因です。
たとえば、解離性障害でしばしば見られる“霊に憑かれた”ような体験は、意識は記憶していない行動を、からだの記憶が「再演」していると考えることができます。
原因不明の身体症状や幻覚もまた、無意識のうちに、身体だけがトラウマのときの生理的反応を「再演」している、一種のフラッシュバックのようなものだとみなせます。
もうトラウマは終わっているのに、身体はちょうど自転車の乗り方を覚えるときのように、それをずっと覚えています。
トラウマのときの動作や痛み、音、匂い、光景、触感などをしっかり記憶していて、ふとしたきっかけで繰り返してしまうのです。
それゆえ解離では、心はストレスに気づかないのに、身体はストレスに反応して原因不明の症状が生じる、という奇妙な現象がよく見られます
その原因を潜在意識として覚えていなくても、潜在意識を書き換えることによって自己コントロールができると考えます。
自己コントロールすることができれば 多くの人格は素晴らしい才能となります。